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医療大国キューバ事情と 国際ホリスティック医療会議 第1部

今日、2014年12月18日、オバマ大統領がキューバへの経済制裁を解除する、時代遅れの方法に終止符を打つ!と宣言。
数ヶ月後にはハバナに大使館ができるそうです!
おめでとうございます!
この嬉しいニュースを聞いた日に、今年6月にキューバに行った際のレポートをここに掲載します。
(何部かにわけて掲載)

*         *         *         *          

〜小さな島の大きな奇跡〜


「もし我々が空想家で、救い難い理想主義者で、
できもしないことを考えていると言われるならば、
何千回でも答えよう。“その通りだ!”と。」 チェ・ゲバラ




カリブの小さな島「キューバ」。人口1166万人というこの小国は、
1959年から社会主義国として歩み出した、若き革命国家。
文豪ヘミングウェイやチェ・ゲバラを魅了したキューバが
今や世界に誇る”医療大国”であることを知る人は意外と少ない。
しかも、キューバは東洋医学を取り入れ、”統合医療”を推進する稀な国。
世界の医療関係者が注目するキューバで、
今年、日本の女性東洋医学博士主催による
「第一回国際ホリスティックヘルス&ライフキューバ会議」が開催された。

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第1部
世界が注目するキューバの医療事情

第2部
「第一回国際ホリスティックヘルス&ライフキューバ会議」内容

第3部 
エピローグ〜”音楽の都”ハバナにて
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第1部  
世界が注目するキューバの医療事情


ソ連崩壊後、「持続可能な福祉医療社会」を実現したキューバ

 世界がキューバの医療を手本にしている? そう聞いて、驚いていらっしゃる方も多いことだろう。青年弁護士カストロや医師のチェ・ゲバラによって、革命を成し遂げた社会主義国家のキューバ。その魅力といえば、陽気なサルサや野球、高級シガーやラム酒だと思っている方にとっては、この情報はあまりに唐突で、新鮮な驚きをもたらすかもしれない。

 2005年、NYタイムス紙は「米国で新生児が生き残る確率は、貧しい独裁主義国家キューバ以下である」という記事を掲載し、イギリスの国営放送BBCは「ブレア首相が医療問題に対処するには、カストロの医療制度を視察するべきだ。キューバの外科、診療所、病院への高評価については論議の余地がない」と放映している。
 




 日本はアメリカのバイアスがかかっているため、社会主義国家キューバに関するクリアな情報が届いていないのは残念なことだ。

 患者が診察を受けるまで16週間待たされるイギリス、盲腸の手術に数百万円を支払わねばならないアメリカ、医者不足で医者の過労死が起きる日本など、先進国の医療体系が崩壊していくなかで、世界の医療関係者は今、キューバに注目している。

 1959年、カストロやチェ・ゲバラなど若き5名の革命家たちが腐敗したバティスタ政権を倒し、社会主義国家として歩み出したキューバである。「福祉医療は国家の責務であり、全員が健康の権利を持つ」、また「「教育と科学こそにキューバの未来はある」というカストロの宣言とともに、医療費の無料化と医療改革、そして新しい研究所の創設が当時から始まった。

 現在のキューバでは、がんの治療から心臓移植まですべての医療費がタダである。老人ホームも無料なうえに、 教育費も無料。小学校から大学を卒業するまで、ペン代もノート代も、学生に1セントも出させることはない。 しかも、遺伝子工学を発展させ、科学分野の柱としてバイオテク製品を生産し、1990年には輸出もスタートしている。 さらに、南米やアフリカなどの開発途上国に無料の医療援助を大々的に行ないながらも、海外からの医学留学生を無料で受け入れてもいる。
 目から鱗が落ちるような充実した福祉だが、キューバは順風満帆でここまで成長したわけではない。革命から32年後、高邁な理想を実現しつつあった若き国家キューバを試練が襲った。

 1991年、キューバ経済を支えていた同盟国、ソ連が崩壊。たちまち石油の輸入量は61%も減少し、国中の交通がマヒし、四六時中停電が続き、車も清掃車も動かない。飲料水は殺菌できすに、下痢や感染症が急増するが、抗生物質もアスピリンも、ガーゼすら手に入らない。こうした困窮状態の中でも、病院だけは電気を絶やすことがなかったものの、食糧も底をついていく。

 前代未聞の”大幅なマイナス成長”を記録するキューバに対し、アメリカはさらなる経済封鎖を強化する。キューバに立ち寄った外国船は、半年間アメリカへの立ち入り禁止し、新しくアメリカと貿易を始める企業には、キューバとの取引禁止を条件とした。

 国民が平均で9キロも痩せていくほどの食糧危機(危機以前は国民の37%が太り過ぎだった)と物資不足に陥りながらも、暴動一つ起きず、キューバの国民はカストロとともに、状況を改善すべく日々努力を続けた。
 都市部でも農園を広げ、化学肥料が手に入らないために有機農法に切り替え、各家庭のベランダで野菜を育てるよう指導しながら、医療改革の火を絶やすことはなかった。

その結果、現在もキューバのGDPはアメリカの13分の1で、インド並みに貧しいが、キューバの医療システムは、米国をしのぐ先進性と利便性を持つほどになり、 WHO(国際保健機関)も絶賛する”医療大国”へと発展を遂げた。
 そしてキューバは今、”持続可能な福祉医療社会”とまで呼ばれているのである。

 こうしたキューバの快進撃の引き金となったのは、カストロの一言だった。
 「これからは兵士ではなく、医者を!!」このスローガンの元に、軍事費は55%削減され、医療制度の充実化がはかられていったのである。

キューバ報告(大阪) のコピー 2
*2012年には平均寿命は79歳となり、日本に次いで世界2位である。

現在、兵士数は49,000人。医師の総数は兵士を上回り、78,622人に及ぶ。
 人口10万人あたりの医者の数はキューバが672人で、世界1位。2位はオーストラリアで480名。3位はロシアで431名。日本は45位で214名である。(OECD経済協力開発機関調べ)



充実したファミリードクター制度と理想主義国家

 キューバではファミリードクターと言われるプライマリ・ケア専門機関が全域に設けられ、全国民をカバーしている。ファミリードクターは各家庭の状況を把握し、往診に出かけて心身両面のケアを行なう他、生活習慣のアドバイスまでを行なう。こうした予防医学を実践するファミリードクターは、1人あたり120家庭をケアしている。
 その上の機関に、地域診療所と病院が用意されているが、ファミリードクター制度の充実によって、病気の80%は地域の診療所と地域病院で処理できるシステムが敷かれている。

 経済危機のさなか、科学者たちは薬の生産に取り組み、マンゴーやサトウキビなどの植物からB型肝炎用のワクチンや、抗コレステロール剤などの薬を作り上げることにも成功している。
 あらゆる医療費は無料で、世界のどこにもないユニークなワクチンを植物から作りだす高度先端技術をもち、自分の国だけでなく、発展途上国から医学を目指す者たちを無償で学ばせるキューバ。
 絶体絶命の国家の危機に対して、実に柔軟に対応していけるのも、この国が人道的な”理想”によって築かれ、国民たちがその恩恵を享受しているからに他ならない。

 家賃のいくらかは国が負担し、食糧の一部は配給制。国会議員も配給の列に並ぶという徹底した平等主義を貫いている。

 その平等感は、首相の呼び名にも現れる。
 フィデル・カストロ前首相のことを、人々は「フィデル」と親しみをこめて呼び、現在の首相である弟を「ウラル」とやはり名前で呼ぶ。ちなみにチェ・ゲバラの「チェ」は、「大将」とか「兄さん」という意味で、キューバ人たちがつけたものだ。

 永きに渡るスペインの支配から19世紀にアメリカの力を借りて独立しものの、革命以前はすべての利権をアメリカに握られ、独裁者バティスタを筆頭に支配層に巨額のブラックマネーが動き、街はマフィアが横行する無法の歓楽街と成り果てていた。国民が搾取され、自国の文化が消滅していこうとする頃、キューバの誇りと自信を取り戻そうとカストロやゲバラを始めとする若き革命家たちが立ち上がった。

 アルゼンチン生まれのゲバラは、医学生の頃、南米を旅し、貧富の差やインディオたちが受ける弾圧を知る。
 「貧困を救うには注射だけでは不十分だ。社会構造そのものを変革せねば。治療よりも大事なことは病人を出さないことだ」。
 旅を通じてそう考え始めていた矢先に出会ったのが、革命の意思を持つ青年弁護士のカストロだった。

 ゲバラは武装した同志82名とともにキューバに上陸し、大敗する。残った同志は17名のみ。意気消沈する仲間に向けてカストロは楽観的にこう言い放ったという。
「よくやった。これで革命は勝利したようなものだ。なぜなら政府軍と戦い、17名もの同志が残ったのだから!」。
 さすがのゲバラも、この時ばかりは、カストロは気が狂ったかと心配したそうだ。
 
 

 軍医でもあるゲバラは戦闘が終わると自軍だけでなく、負傷した敵兵にまで必ず治療を施した。この仁義談はキューバ全土にすぐに広まり、政府軍からゲバラたちの仲間に加わる者が出た。無論、民衆は若き青年革命側についた。搾取する政府軍に反して、若き革命家たちが指揮するゲリラ軍は食糧を提供してくれる農民にお金を払うことを忘れなかった。
 3年間、彼らは常に7倍もの兵士軍バティスタ政権とゲリラ戦を繰り広げ、1959年革命軍が勝利し、新政権を樹立。首相に就いたカストロはこの時、若干31歳、国銀総裁のゲバラは30歳。
 世界初の若者たちの政府が南米に誕生したのである。

 さて、若きエネルギーと理想に燃えて進展してきたキューバは、今、国内に留まることなく、その理想の翼を、驚くことに国外へと広げ始めている。
 


白衣の外交。世界の被災地へ赴くボランティア医師団の活躍

 キューバは世界で一番医者の多い国である。
 アフリカや南米などの発展途上国に医者を輸出し他国の医療に貢献している。そればかりではない。熟練した数百名、数千人にものキューバの医師たちは、世界各地で震災があるたびに、たとえ国交がない国であっても、何百トンもの医療品を携え、現地に駆けつけていくのである。

 2012年には15,156名の医師が66カ国へ派遣され、被災地で診療にあたっている。

 被災地には世界各国から「国境なき医師団」が集まるものの、ほとんどの医師たちが短期間で帰国してしまう。しかし、キューバの医師たちは超音波診断機などで完全装備された野営病院を設置し、3〜6ヵ月間もの間、現地に滞在し、被災者のケアにあたるのだ。帰国の際は、何百トンもの大量の医療器具を現地に寄附して帰っていく。
 2005年のパキスタン北部で起った地震の際、治療の73%はキューバ一国でなされている。
 ジープが雪で埋もれた険しい山道を超えられずに立ち往生していると、医師たちは重いリュックを背負い、生まれて初めて見る雪の冷たさを感じながら、急な坂道を登っていったという。

 「パキスタン人は初めてキューバの進歩を目にしました。キューバの医師たちは、片言ですが、ウルドウー語を話し、地元住人と素晴らしい関係をはぐくんだのです。小国でありながら、医療と教育にかけてはキューバは超大国なのです」。(パキスタン・ジャパー元大臣)

 ジャワ島地震の際もキューバは素晴らしい貢献を果たしている。滞在した3ヵ月の間、被災者だけでなく、医者がいない貧しい農村部の10万人に治療を行ない、2,209もの手術を施した。
 この時、野外病院で34名の新たな命が生まれた。ある医師の帝王切開手術を受けた夫婦は、無償の支援に感謝をこめて、生まれた我が子に「キューバ」という名前をつけたそうだ。

 2005年、アメリカ南部がハリケーンの直撃を受けた9月。
 カストロは「我が国に経済封鎖を行なうアメリカだが、人道援助とは関係ない。医師団を派遣したい」と発表する。ただちに1,586名の医師団が組織され、銘々がリュックに医薬品を詰め込み、米国の承諾がおり次第、アメリカに飛び立とうと、ハバナに結集していた。
 医師の平均年齢は32歳。10年以上の経験を積んだベテランで、災害や伝染病治療の特訓、また最低2カ国語を話し、パラシュート訓練も受けている。
 当然ながら米国はキューバの申請をはねつけた。しかし、結成された医師団は解散せず、3ヵ月後には3,000人もの集団になっていた。
 このボランティア医師団は「ヘンリー・リープ国際救援隊」とこの時、命名された。ヘンリー・リープとは今から100年前、スペインからの独立戦争を応援するために戦ったニューヨーク出身の青年の名前である。

 こうした無償の人道援助はどうして可能なのだろうか?
 キューバは、世界5位の石油大国、ベネゼエラのバックを得ることに成功した。1999年からキューバへの資金援助が始まり、キューバは代わりにベネゼエラに医療技術や有機農法技術を教えている。ハード面を他国から得て、ソフト面の科学技術や知識、人材を提供することで、キューバは着実に世界の医療大国へと発展してきたのである。

  カストロは、「医師たちには、健康の普及と、人類への責務という倫理観を持つように教育している」という。
 人道的な哲学の下で医学を学び、パキスタン、ジャワ島で治療活動にかかわった弱冠24歳の女医はこう語っている。
 「私はお金のために医者になったのではありません。お金が人間よりも価値を持つ時代になったら残念ですが、そうはならないでしょう。パキスタンでは重い医療器具などを持って10キロも歩きましたが、お年寄りに喜んでもらえ、子供たちに笑顔が戻ることを嬉しく思いました。私は病気ではなく、人間を診ているのです」。

 
最新医療国家キューバが取り入れる代替え医療の数々

 キューバ医学会は60年代からすでに鍼を学び始めていたそうだが、ソ連崩壊を機に、東洋医学に目を向け、中国やベトナムに多くの医師たちを留学させ、鍼灸、指圧、ハーブ、気巧、ヨガ、マクロビといった代替医療の導入に踏み切った。

 「ハバナの病院では、骨粗鬆症や関節炎の治療に泥療法やマッサージ、鍼療法が使われている。診療を待つ間、看護婦さんがツボを押す。キューバでは指圧が日常用語として使われ、ラジオやテレビではツボについての番組も放送されている。小学校では子どもたちが、アロエやカモミール等のハーブを栽培方法や薬用植物の用途を教わっている」。
(『世界がキューバ医療を手本にするわけ』吉田太郎著より)

 「臨床試験も進められ、関節炎、十二指腸潰瘍の痛み止めや手術の麻酔の代替品として鍼療法が試みられ、2000年にはハバナだけで1412の手術に鍼療法が用いられ、成功をおさめたという」。(同書より)
  
 ソ連崩壊にによって、経済が逼迫し、モルヒネも痛み止めも、抗炎症剤や抗生物質、ビタミン剤も何もかもがないなかで、キューバの医師たちは、鍼で麻酔を行ない、心臓病や糖尿病の併発症、急性喘息患者などを救っていたのである。

 1980年代に入ると、ハーブ療法に関する科学的研究から肯定的な結果が得られたことから、伝統医療が脚光を浴び始める。1995年、医療制度に「自然・伝統医療」を組みこまれ、1997年には「自然・伝統医療全国開発・普及計画」が立てられた。

 西洋医療と東洋医療の統合は、単に経済的理由からではなく、確実なメリットが得られるという科学的な理由からだ。現在のキューバでは、正統な医療として、アジアの鍼灸、マッサージ、マクロビ、ヨガ、ハーブ、ホメオパシー、温泉療法、ミネラル療法、オゾン療法などが活用され、こうした代替医療の技術は、コンピュータオペレーティングシステム「リナックス」を通じて普及が図られている。

 アメリカではホメオパシーを取り入れると、医師の免許が剥奪されるという。「自由の国アメリカ」に対して「独裁国家キューバ」の医療体制のなんと自由なことか。

 人間は自然の一部である。自然な医薬品や治療方法は、人や環境への害も少ない。世界各地に古来から伝わる伝統医療は、免疫力や自然治癒力を高める貴重な療法でもある。

 無類の苦難にもめげず、人間の命の尊厳と健康を守るために、着実に、そして柔軟な姿勢で理想を実現していくキューバ。人口1166万人のこの小さな島国が国家ぐるみで推進する”西洋医療と伝統医療を統合するホリスティック医療”という取り組みは、製薬会社を除き、全人類のために役立つにちがいない。
 事実、国連は世界で最も重要な5つのプロジェクトのひとつに、キューバの自然・伝統医療の開発を選んでいる。


【参考文献・引用資料】
『世界がキューバ医療を手本にするわけ』吉田太郎著
『200万都市が有機野菜で自給できるわけ 都市農業大国キューバ・リポート』吉田太郎著
NPOネットワーク『地球村』発行冊子『キューバの奇跡』
『キューバ・メキシコ視察報告書』
『日本外務省資料』
『OECD(経済協力開発機構)資料』
マイケル・ムーア監督ドキュメント映画『シッコ』

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